「良い時は悪い時」、「悪い時は良い時」

 格言として言われていることであるが、非常に重要な意味を持つ言葉であると思うし、筆者も大事にしたいと思っている言葉である。この言葉の理解としては「良い時は悪い時」の“良い時”、および「悪い時は良い時」の“悪い時”すなわち文章の前半部分は“結果”を指しているし後半分は対応、行動などに関して述べていることととらえれば理解しやすいであろう。平たい言葉でいえば“一喜一憂”してはいけないという戒めの言葉である。

 昨今の企業業績の発表を見ているとこのことを強く感じる。すなわち最近の企業決算発表によると、平成26年度の企業業績は好調であるとのことである。2月6日の日本経済新聞の一面トップは大きな活字で「上場企業、今期最高益に」となっている。引き続いて「円安寄与、稼ぐ力も向上」となっている。上の格言との関係でいうと、結果としての企業業績は好調であるということで“良い時”なのである。ということは、この格言の意味から考えると、「企業の行動、対応などを考える時には“悪い時”であると用心すべきなのである。」というとらえ方が重要であると筆者は強調したいのである。

 こう考える時に意味を持つものが同じ紙面の後段にある「円安寄与、稼ぐ力も向上」という文章である。筆者としては、日本企業の最近の好調な企業業績は円安の恩恵が大きく、真の企業の競争力は高まっているかというと疑問であると感じていたところに「稼ぐ力も向上」とあるので、それは良いことである、と感じると同時に本当か?と思いながら読み進めた。すると「稼ぐ力も向上」の向上の説明として「円高時に進めた構造改革で企業の稼ぐ力が高まったためだ」。とある。結局、「企業が体質改善を進め、低コスト体質になったためである」ということと理解して良いであろう。このこと自体は悪いことではないが、いま日本企業に求められているのは“真”の稼ぐ力、すなわち“価値創造能力”の向上の裏付けである。その意味で考えると「まだまだである」と認識すべきである。

 これまでの日本企業の多くは狭義の“モノづくり”で成長してきた。この過程においても製品の基本的な概念は欧米先進企業が先に提起し、それを優れた生産技術で実現することにより“そこそこ”の利益を享受してきたのである。半導体、太陽電池、液晶テレビ、自動車などが代表であろう。

 しかしながら失われた20年とか言われる事態が起きたのは何故か、を考えてみるとそこにヒントがある。高度成長期、すなわち失われた20年以前には、“良いモノ、を安く、安定して作れる”のは日本しかなかったので、このビジネスモデルが通用したのである。ところがグローバル化が進展した現在、海外企業が“良いモノ、を安く、安定して作れる”ようになってしまったのである。としたら「日本企業はどうしたら成長を継続できるか」を考え直してみる必要がある。

 その解が“価値創造能力”の強化である。このモデルの象徴がソニーであろう。“世界初の顧客価値”を“新しい技術の活用”により実現し、成長してきたのである。トランジスターラジオ、ウオークマンなどがその代表であろう。近年のソニーが苦労しているのは、この“世界初の顧客価値”を創出・提供するという機能がなくなっているからであると思う。ソニーの話になったので電機・電子業界を例に企業価値の増大について考えてみよう。多くのビジネスマンにとって馴染み多い企業が多いし、情報も多いので参考にしやすいと思うからである。

「依然として苦労し、もがいているシャープ」と、「一時の苦境から完全に脱出し、成長路線に乗った」と考えられる日立製作所を例に考えてみよう。

 最近の新聞報道によるとシャープの2015年3月期の当期純利益は赤字になりそうとのことである。期初の予想では黒字の見通しであったが、予想に反してこのような状況になってしまったとのことである。主たる要因は、中核事業である液晶パネルの予想以上の価格低下が主要因である、とのことである。シャープはTV用の大型液晶パネル事業の収益悪化が主要因となって大きな赤字を計上することになったために戦略を変更し、中小型の液晶に焦点を絞り、黒字化したと喜んでいたのはつい先期のことである。

 しかしながら筆者はこのことを懐疑的に見ていた。すなわち先期の黒字化が、シャープが“真”に再生した結果であると感じていなかったからである。戦略的に見て大きな赤字を出した時と何も変わっていないのである。単に液晶パネルが売れて、工場の稼働率も改善された結果であり、それ以前とビジネスモデル、戦略的に何も変化がなかったからである。今後とも売れた、売れないでの一喜一憂の繰り返しが続くとみていたが、残念ながらこの考えがあまりにも早く的中してしまったのである。

 本質的な戦略の転換がないと今後ともこの状況は続くと考えざるを得ない。すなわち先期の一時的な“良い時”が本質的な経営戦略の転換を遅らせるという“悪い時”となってしまったのである。従ってシャープが真に現在の苦境を脱出し、再度成長路線にものでるためには本質的な戦略の見直しが必要である。

 あるべき戦略は軽々しく語れるものでは無いが、筆者の案としては日本初の世界レベルでの“デバイスファンドリー&EMS企業”となることである。単に他企業が設計した製品を指示されたように生産するというファンドリー,EMSではなく、デバイスおよび機器設計から受託し生産するという“Integrated Manufacturing Service”(IMS)とも呼べるような企業となるのである。ファンドリーとして世界トップの台湾の鴻海精密工業は10兆円を超える売上高、かつパナソニックとソニーを足したような時価総額も実現しているのであるから、シャープの技術力を活用し、経営資源の集中投資を行えば鴻海精密工業に劣らないような業績を実現できると思っている。太陽電池を含め機器の受託設計・生産とそれに適したデバイスの設計・生産を受託する企業となるのである。現在のシャープの苦境の原点は中国企業との競合にあるが、こうすることにより「中国企業が最大の顧客になる」のである。

 というのは確かにシャープの技術は優れているからである。IGZOを真にものにしているのは世界でシャープだけであろう。ということはこの技術力を企業価値に変換するメカニズムおよび考え方がシャープに弱いのである。鴻海精密工業との提携議論の際に、シャープは世界で最も先進的な液晶技術であるIGZOに関する技術情報が漏えいすることを恐れて鴻海精密工業との提携強化に進めなかった。すなわちIGZOの技術を価値に変換するメカニズムとして“製品に適用し、その製品の売上により利益を得る”ことに固執しすぎたために大きなお金の投資を受けることができなかったのである。

技術の企業価値への転換メカニズムは多様なのである。ベンチャー企業を見ていただければ、優れた技術を持っていること(知的財産として顕在化していることが望ましい)により、投資家を引き付け、出資を得られるのである。この論理をシャープ経営陣がもっと理解し、行動に移せていればシャープの財務的な危機脱出はもっと早くできていたであろう。シャープは自社の優れた技術を企業価値の創造に活かせなかったのである。ポイントは、自社ブランド製品を市場に送り出すという“プライド”を捨てられるかどうかである。

 筆者の専門とするテクノロジーマネジメントという視点から見ると「シャープは“テクノロジーマネジメント”ができてなく、依然として“研究開発マネジメント”という視点にとどまっている」と言えるのである。これはシャープのみならず多くの日本企業の状況なのである。これらの詳細な議論はスキルアカデミーの“第5世代のテクノロジーマネジメント”において展開してあるので参照していただきたい。

 一言でいえば、“テクノロジーマネジメント”とは、「経営目標を実現するために経営資源として重要な武器である“技術”をいかに活用するか」を考えることに対して“研究開発マネジメント”は「いかに自社の技術力を高めるか?優れた製品を開発するか?」を意識して活動するということである。このように、この両者は基本的な技術と経営の関係に対する考え方、視点が異なっているのである。欧米先進国、中国を代表とする多くの開発途上国の企業は、経営にとっての技術を重視しながらも“テクノロジーマネジメント”という視点に立っているのである。すなわち技術と経営の関係におけるグローバルスタンダードは“テクノロジーマネジメント”という考え方であるにも関わらず日本企業はここでもガラパゴス状態なのである。

 日本企業が信奉している“研究開発マネジメント”は、技術環境が未成熟であった、日本における高度成長期には適していたモデルなどであり、企業変革に遅れている日本企業は旧世代の研究開発に関する考え方から脱却できていないという状況なのである。しかしながら現在の様に多くの分野において、研究機関、大学、ベンチャーを含む多くの企業が様々な多様な技術を提供してくれる時代には、それに適した技術と経営の関係に対する考え方が存在するのである。これが“テクノロジーマネジメント”という考え方であると理解していただきたい。

 話がそれたが、一方日立製作所は、リーマンショックの影響をもろにかぶり2008年度に約7900億円の巨額な赤字を出した。しかしながらその最悪の状況から5年間でうまく脱出し、見事に成長路線に乗った。筆者は、「これは本物であり、一過的な好不調の波はあるとしても、これからしばらくは成長を維持し、目標としている2ケタの営業利益を実現できるであろう」と考えている。ポイントはなぜそう考えられるのかである。

 一般には戦略的に“社会インフラ”対応事業に舵を切ったからであると言われているが、これだけでは実際に起こっていることの一面しか見ていないことになる。インフラ対応事業に舵を切り、かつ同時に大きく「ビジネスモデルを転換しつつある」からである。日立製作所は、単純な製造業ではなくなりつつある。Advanced manufacturing(高度化した製造業)と呼び、“ハードも作っているサービス業”という業態に、中西会長兼CEO、東原社長兼COOのリーダーシップのもと、全社全事業が脱皮しつつある。日本企業において、いわゆる“サービサイゼーション”の先端を突き進んでいるのである。英国における高速鉄道事業において、車両というハードに加えてメンテ、サービスなどを要求され、受託したことをきっかけとして、医療機器事業、原子力発電事業、ヘルスケア事業、ビル管理など多方面にわたってこのモデルを展開している。

 このモデルの最大のメリットは、多くのハードウエア事業において起きている「コスト競争に巻き込まれない」で済む、という点である。同時に、優れたハード製品を有していることも必要要件であるから、先進技術に裏打ちされた高水準なハードウエアを有している日本企業に適したモデルである。このような事業展開の世界におけるライバルは先進国の大手企業であり、これから高収益化を追求することが課題である日本企業に向いているのである。ただしグローバルにこのモデルを推進するためには、真の意味でのマネジメントのグローバル化の推進など、企業としてのマネジメント体制全体にわたる変革が必要であるが、日立製作所はこの面でも着実に推進している。多くの主要事業における社内本社機能を米国、英国など海外に移し、そのトップに現地人を据えるなど着実に手を打っている。またこれらの責任者となっている非日本人を全社の経営幹部として位置付けるなど着々と前進している。従来は巨体ゆえにアクションが遅く、大企業病の象徴のような存在であった日立製作所は、日本企業において新時代に対応するグローバル企業としての存在感を持ち、先頭を走る企業に変身した。多くの日本企業の将来を考える際のモデルとなる。

以上

 

 

 

古田 健二
●略歴 1971年:東京工業大学工学部卒業
1973年:東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了
1973年:株式会社日立製作所入社
1980年:米国スタンフォード大学大学院においてDegree of Engineer取得
1985年:アーサー・D・リトル(ジャパン)株式会社入社
1995年:SRIインターナショナル日本支社入社
1996年:株式会社SRIコンサルティング初代代表取締役就任
1999年:SRIインターナショナル日本支社代表兼任 
2000年:株式会社フュージョンアンドイノベーション設立
2008年:東京工業大学・プロダクティブリーダー養成機構 特任教授就任
2013年:東京工業大学・グローバルリーダー教育院/イノベーション人材養成機構 特任教授就任 2013年:TIMコンサルティングを設立、代表就任

●活動内容 開発技術者時代および経営コンサルタント時代を通じ、一貫して「経営と技術の融合」を基本的な活動テーマとし活躍した後、東京工業大学において博士人材の産業界への貢献度向上に向けてのプログラムに従事。
東京工業大学において「テクノロジーマネジメント実践論」の講義を担当すると同時に、関西生産性本部、企業研究会などにおいてテクノロジーマネジメントおよび新規事業マネジメントなどに関するマネジメントスクール、研修会などの講師、コーディネーターなどを数多く担当しつつ個別企業に対するアドバイスなどを実施。

●連絡先 TIMコンサルティング代表  古 田 健 二
〒156-0045 東京都世田谷区桜上水5-37-17
問い合わせアドレス:puruken@rj8.so-net.ne.jp
TelおよびFax:03-6379-9601

東京工業大学特任教授 古田 健二

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