サッカー選手から考えるビジネスキャリアプランニング

Keisuke_Honda_Russian_Super_Cup_2013サッカーのアジアカップが始まった。日本チームには是非優勝してもらって、コンフェデレーションズカップの出場権を得る必要がある。しかし至難だなあとは思う。

というサッカーフリーク的な話しは置くとして、A代表クラスのサッカー選手のキャリアを考えてみよう。本田(86年生)、岡崎(86年生)、長友(86年生)、内田(88年生)、吉田(88年生)あたりの平均像を想定している。

小学校時代から天才と言われ、中学で全国に名を知られた存在になる。高校でユース代表に選ばれ、高卒とともにJリーグにスカウトされる。2年でレギュラーの地位を確保し、活躍、A代表に招集される。22歳。A代表でも活躍し、遂にブラジルワールドカップへ、ただ出場機会は余り与えられなかった。日本に帰ってきて、ヨーロッパのクラブに移籍する。新しい環境に慣れるのに2年、ようやくレギュラーに定着するころまた、アジアカップに招集される。今度こそ、との意気込みで挑みつつ、ふと思う。「今28歳、これが最後のワールドカップかもしれないな」と。

サッカー人生は、我々の仕事人生と比べ余りにも短く、ピークを迎えるとほとんど同時に、引退を意識するようになる。トップクラスのプロサッカー選手としてのキャリアを考えたとき、上記のキャリアの何を変えたらいいのだろう。

あと2年早くヨーロッパに渡るべきだろう(可能かどうかの議論は置いておく)。サッカーにおいてこの2年は非常に大きい。この2年で違うキャリアができるはずだ。

彼らの次の世代を見てみよう。酒井高徳(91年生)、柴崎(92年生)、武藤(92年生)、それに(アジアカップには呼ばれなかったが)宇佐美(92年生)らだ。この内酒井と宇佐美は20歳前後でヨーロッパに渡っている。上の世代より2年早くヨーロッパに渡ったことになる。柴崎と武藤は恐らくは長友ら先輩たちと同じような道を歩むようになるだろう。

宇佐美は結局のところ、ヨーロッパで活躍できず、日本に戻ってきた。世間的に見て、渡欧は失敗だったということだ。しかし今、Jリーグで大活躍、あの失敗は彼にとっては成功だったのだ。あの失敗があり、自分を肉体的にも精神的にも鍛え上げ、それで今の活躍がある。チャレンジするなら少しでも早く、そして失敗するなら少しでも早くというのが、宇佐美の教えだ。A代表に選ばれるかどうかは、才能も関係するし、運も関係する。しかし宇佐美の体験した質の高い努力は、彼の能力を間違いなく高めた。

我々の仕事人生はサッカー人生と比べてはるかに長い。それでも同じことがいえる。将来の自分などデザインできないとしてキャリアプランニングを放棄するのは間違いだ。キャリアは勿論、思い通りにはならない。キャリアはかなりの部分、経路依存の結果だ。しかしキャリアプランニングをすることで、宇佐美のように「質の高い努力を早く始められる」のは間違いない。そしてプランニングの方法を過(あやま)たねば――すなわちスキルアカデミーのスタートアップ講座に付いてくるなら――、たとえそのキャリアが実現しなくとも、「質の高い努力を早く始められる」。そしてその努力は必ずあなたの血肉となり、あなたの将来にプラスの影響を及ぼすこと、間違いない。

私は研修などで、能力のプロファイリングを終わらせた受講者に訊く定番の質問がある。「これで今のあなたの能力は把握できた。3年前を思い出して欲しい。3年前の能力と今のそれに、どの程度の差があるか」と問うのである。ほとんど差がなかった人は危機感を持つべきだ、と申し上げる。自分の意識を変えないなら、また3年が無為に過ぎていくだろう。これが続くようならサッカー選手の2年以上の大切な時間を無駄にすることになる。

今このブログを読んでおられるあなたはどうか。3年前と今とどの程度の差があると思われるか。差があまり無いと思われているあなたに申し上げたい。今こそチャンスだ。スタートアップ講座『能力のプロファイリング』『キャリアプランニング』を読み出そう。必ず役立つはずだ。

佐久間 陽一郎
東京大学卒業、米ウェストバージニア州立大学大学院卒業、元アーサー・D・リトル・インターナショナル副社長兼マーケティング・ディレクター、佐久間コンサルティングオフィス代表(現職)、スタンレー電気社外監査役(現職)、元東北大学大学院客員教授、元日本工業大学専門職大学院技術経営研究科研究科長兼教授。
二つ大学院で計10年間(2004~2014)、社会人学生を相手に、スキル教育を実施し、絶賛を得るとともに、スキル教育体系を作り上げる。

佐久間陽一郎

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